大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和26年(う)6011号 判決 1952年8月04日

控訴人 被告人 清水仁太郎

弁護人 斎藤俊平 外二名

検察官 松村禎彦関与

主文

本件控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣旨は末尾に添付した弁護人斎藤俊平、寺田四郎、布施辰治名義の控訴趣意書記載の通りで、これに対し当裁判所は次のように判断する。

控訴趣意第二点及び第四点について。

原判決は被告人が原判示の所為によつて報酬を得た事実まで認定していないことは所論のとおりである。しかし国民医療法にいわゆる医業とは常業として医行為を為すことをいうのであつて、これにより報酬を受けとり、生活を維持していた事実を必要とするのではないから原判決が所論のような判示をしなかつたことは理由の不備があるとは認められない。

又原判示にいう「アウトン」の皮下注射の如きは医行為に該当することはもちろんであるから、たとえ、被告人が営利を目的とせず又特殊な希望者のみを対象として之を行つたとしても、被告人がこれを原判示の如き長期に亘り多数の患者に多数回に施用している以上営業として之を為したものと認めるに妨ないところであるから、被告人の所為が国民医療法にいわゆる医業を為したものというに該当することは明白である。

論旨は故に理由がない。

(その他の判決理由は省略する。)

(裁判長判事 近藤隆蔵 判事 吉田作穂 判事 山岸薫一)

控訴趣意

第二点昭和二十四年九月二十六日付起訴状の本件公訴事実によると、原判決において被告人は医師の免許がないのに(中略この間の記載は末尾の原判決の認定した事実と同一)もつて医業をしたものである。」と認定した被告人の(一)乃至(八)各患者に対する治療行為はいづれも報酬を受領し、医業を営んだものであると記載しております。

また、国民医療法も医師法も共に医師の資格をもたないいわゆる非医者が営利の目的をもつて医療行為を継続する保健衛生の危険を防止するために制定されたものです。然るに、原判決は「被告人は……医師の免許がないのに(一)乃至(八)の患者に対し自己創出にかかるアウトンの皮下注射をし、もつて医業をしたものである」と判示し、報酬を得たという事実はこれを認めていません。更に原判決の認定した(一)乃至(八)患者に被告人がアウトンの皮下注射をしたという日時関係は(一)が昭和二十一年七月二十三、四日頃で、(二)以下は(一)から約七ケ月後の昭和二十二年三月二十日頃より同年六月中旬頃までの間に七回アウトンの皮下注射をしたということになつていますがこういう日時の関係は経続的な治療として医業を営んだものということは出来ません。なぜなら、継続的な医療の営業というのは申すまでもなくそのことによつて生活を維持することを意味しておるのです。ところが、原判決の事実認定によると、被告人は報酬を得ておることを認めていません。のみならず昭和二十一年から昭和二十二年六月までの間にただ八人の患者に対する自己創出のアウトンを注射したというだけでは、到底その生活を維持する医療を営んだものということが出来ないからです。

原判決はこの点においても、国民医療法、医師法該当の犯罪事実を認定した犯罪構成条件の不備若しくは、理由の不充分という不法を免れないものと思料します。

第四点自己創出にかかる新薬の発見が新薬として製造販売の許可を受けるためにはこれを実試した成績を添付しなければなりません。これは原審において、これを立証し、裁判官もこれを認めています。この場合、その実試方法は報酬を取らず、且つその実試を望う患者の申出によつて行うより他に方法がありません。そしてそういう実試方法は絶対に国民医療法や医師法の違反に該当しないことは報酬を取らないこと、更にいわゆる医業として一般的な患者吸収の方法を取らず、特殊な実試希望者との了解によるという関係において、これを医業とみなすことが出来ないからです。ところで、本件被告人の原判決で認定された(一)乃至(八)のアウトン皮下注射は、公判廷における証人の証言によつても明白なとおり、誰一人被告人から治療代を求められたと言つておる者がありません。タダでは恐縮だから幾らかの謝礼を出したいといつてこれを提供したというものもあり全然施療を受けたというものもあります。幾分の謝金を提供したものも、その安いことに驚いたということが付言されているくらいで、被告人は絶対に営利の目的をもつてアウトンの皮下注射を行つたものではありません。

群馬県の高崎や大間々に出張して、アウトンの皮下注射を行つたという法廷証言もありますが、そのすべては施療であり、患者の懇望に応じたもので、絶対に被告人清水氏の営利的な営業でもなければ売名的な行動でもありません。然もこの間、だれ一人被告人清水氏のアウトン注射によつて有害な結果を招来した者もなければ無効をなじる者も出ておりません。証人竹越氏はアメリカ、ロツクフエラー研究所で薬学を研究した誠実無二の学者的実業家の立場において、被告人清水氏発明のアウトンにつき最も進歩的な臓器薬の世界的業績を絶讃しています。と同時に、被告人清水氏の人格についても売名、営利の人でないことを保証しています。弁護人は原審の公判を通じ、検事の立証は、形式的ないわゆる診断と、幾分かの薬代に謝意を表したという以上出でず、これに反して、弁護人の立証は、被告人清水氏のアウトン研究、製薬に捧げた苦心と犠牲、及びアウトンの特効をたたえ、難病克服、患者救済に挺身した被告人清水氏の態度が、自づから描き出しています。したがつて以上の不利有利な立証を比較検討する場合、本件は絶対に、いわゆる非医者の営利的な国民医療法や医師法違反をもつて処罰せらるべき事犯でないことを確信し、これを有罪と判示した原判決の事実誤認は即時破棄せられなければならないものと思料します。

なお、この点については、原審において弁護人から請求した参議院議員金子洋文氏、社会党執行委員鈴木茂三郎氏から本点において主張した弁護人の見解を裏づける証明書を提出します。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例